昔読んだ、高橋しんの「最終兵器彼女」を改めて購入してみた。
酒の席で話題となり、当時姉が買っていたのを読んでいた私はもう一度あの痛い感じを味わいたくなって、酔いの勢いもありその場で全巻購入した。kindleは便利だ。便利すぎてどこでも散財できてしまう弊害も併せ持つ。
その日は酒の席の会話を楽しみ、次の日二日酔いの頭で購入したことを思いだした。とりあえず1巻をダウンロード。読み始めるも、なんだか頭に入らない。この頭痛のせいなのか、それとも青春をとうに通り過ぎた今、もはやこの漫画はあたしの琴線に触れなくなってしまったのか。。ほんの少し寂しい気持ちのまま、1巻の半分くらいでkindleを閉じ、二日酔いの頭をスッキリさせるべくまた眠りについた。
それから4か月余り、唐突に読みたくなり、丁寧に1巻の最初から読み直してみた。
そもそもちせちゃんはなぜ兵器になっちゃったんだっけと、何度も1巻の冒頭を読み返すもそこのところはいまいちちゃんと描かれていない。ある日突然なんの理由もなく、ただの女子高生が最終兵器として改造されてしまったと主人公の男の子に告白するのだ。
もしかしたら途中で詳しく説明があるかもしれない、と当時読んでいた自身の記憶など痛みとともに蘇らせながら進めていくも、一向に出てこない。
最終的にちせちゃんを改造したおっさんが言うには「しょうがなかったんだ、あの時は・・」とのこと。全然詳しくない、このままよくわからないまま終わるんだっけ?と思いつつも、だんだんと記憶が蘇ってきた。ちせちゃんだかしゅうちゃんだかになりきっていた10代のあたしはこの言葉に何言ってんだこの親父はとむかついたはずだが、それから15年以上経った今は、世の中に後から全然意味がわからなかったり後悔するようなことでも「あの時はそうするしかなかった」ような、そういうことっていっぱいあるよな、と思う。
名場面、「しゅうちゃん、あたし成長している」にもあまり痛さは感じず、ただ敵?側の親父の気持ちに共鳴してしまう。歳をとったな、と思った。
若いころに読んだことのある方、是非もう一度読んでみると、当時とは違った感想を持ち、時代の移り変わりと、自分自身の変化を感じとれると思う。
また15年後に読んでみたら、しゅうちゃんの両親に一番共鳴したりするのかな。
楽しみである。
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